両儀さんちのおしごと

「そういえば、式の実家はやくざやさんだったよね」

 仕事が一段落ついたらしい幹也が唐突に話しかけてくる。

「……それがどうしたって言うんだ、コクトー」

 幹也はことあるごとに、やれ家族とは団欒しろだの、やれそんなの当たり前だの、自分のこ
となど完全に棚に上げて一般論をふりかざす。

 でも、それにしたって話の切り出しに家業のことを持ってくるのはないと思う。

 私だって、世間でいうところのやくざな商売が堅気の人間にどのような印象を持たれている
かってことくらい、わかる。

そしてそれは、幹也がやくざとは全く対極の位置にいる人間だということを、まざまざと見
せ付けられるようで――私の心(なか)が得体の知れない窮屈さを訴えるから。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、幹也は見当違いなことを訥々と語る。

「いやね、今の式をみてるとさ、なんか“極道の妻”って感じするよねって思ってさ」

「な――ッ!?

 突然の爆弾発言に思考がショートする。ほとんど無意識に幹也に手刀を閃かせた。

「な、な、な、なんてことを言うんだコクトーは……!?

 手刀。手刀。手刀。

「わっ。ごめんごめん、今のは完全に僕が浅慮だったよ」

 痛いよ式、という幹也の言葉に、それまで傍観を決め込んでいたトウコが破顔一笑しながら
首を突っ込んでくる。

「いやいや黒桐、早計だったのは式のほうだ……な、式?」

そうなの? ときょとんとした目で幹也が私を覗き込む。

 それは全くの図星で、そして両儀式にとって最大の失点ものだったから、私はさも馬鹿馬鹿
しい、といった風体を装って幹也に背中を向ける。

だって。

――“極道の妻”を“コクトーの妻”と聞き間違えたなんて、両儀式の言うセリフなんかじゃ
ない。

 しかし、私の胸(まんなか)に、仄かに宿ったぬるま湯のような心地よさがそうさせたのか、

「…………コクトーの、妻」

 誰にも聴こえないような小さな声で、噛み締めるように呟く。不覚にも赤面する顔に、自然
と頬が緩んだ。

直後、背中ごしにトウコの心底愉快そうな笑い声が再びあがった。

――なんて、耳年増。なんて迂闊。

 心地よい微笑の頬が、歪んだ殺意に塗り固められてその意味を変形させる。

 とりあえず、やっかいなこの場に鮮花がいなかったことに感謝しつつ、

――とりわけ、今の両儀式の失態に気付いたらしいトウコを殺(だま)らせないと、な。
                                               
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